青洲堤4


4,そのころ市川から甲府に行くのには、笛吹川を渡し船で渡らなければなりませんでした。そのためには船ちんをはらわなければなりませんし、待ち時間も長くかかりました。それで青州親子は、ここに何とか橋をかけたいと考えました。
青州親子の働きかけの結果、やっと橋のけんせつきょかがおり、工事が始まりました。青州親子はこの工事のために250円の寄付をしました。「桃林橋」という名前もそのとき青州がつけた名前です。桃林橋のおかげで、人々のくらしもだいぶ便利になりました。明治19年のことでした。
 このはたらきのため、青州は明治天皇から盃を与えられるというめいよを受けました。